高橋 亮 インタビュー

運用部 シニア・アナリスト

高橋 亮takahashi ryo

たかはし りょう。2001年、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。2004年、あおぞら銀行入行。2006年、三井住友アセットマネジメント入社。外国株式のアナリスト業務に従事、ニューヨーク駐在を経験。2013年、朝日ライフアセットマネジメント入社、外国株式のファンドマネジメント業務に従事。2015年、New York University Stern School of Business 修了。2018年、レオス・キャピタルワークス入社。

運用業界で株式運用の現場で働き出してから、仕事がすごく楽しいと感じています。

株式運用とは近かろうが遠かろうが、未来を考え続ける仕事です。企業のみならず、国や産業が将来的にどんな方向に変化していくのか、それぞれの道のエキスパートの人たちとディスカッションをしながら、自分で考え続けています。

会社は違えど10年以上同じ仕事にこだわっていられるのも、日々刻々変わる景色が成せる業かなと思っています。

「最初に銀行を志した理由は、『だれかの為』になりたいと思ったから。」

大学を卒業して銀行に最初に入ったのは、単に自分にとって面白いとか、興味があるだけではなく、社会に対してポジティブなインパクトを与えたり、貢献できるような仕事をしたいと思ったからでした。

ところが、私が最初の銀行に入行した当時は経済危機の最中にあり、お客さんである企業にも資金需要がないばかりか、むしろ銀行が自らの生存をかけて回収に必死な時期であり、学生時代に描いたような自己実現とは遠い現実でした。

そんな中、当時勤めていた銀行の支店には、系列の証券会社の調査部が作成していた株式相場の動向や個別企業の分析がまとめられた「アナリストレポート」といわれるものが届いていたのですが、手に取ってみると非常に面白く、アナリストという仕事を始めて意識した瞬間でした。

自分の望むキャリアを構築するために、銀行の外に出て、キャリアを掴みに行くしかないと思いました。

「念願の運用業界。株式市場はリアルタイムゲームのような世界だった。」

そして運用会社や証券会社へ第二新卒として転職しようと試みましたが、やはり経済危機が長期化していることから、うまくいきませんでした。そこでやむなく、別の銀行のレバレッジファイナンス部に転職することにしました。

その後、ようやく2006年に運用会社への転職を果たし、本格的な株式投資の世界にたどりつきました。銀行で海外を担当していた経験もあり、外国株式部門に配属されてアナリストとしてのキャリアがスタートしました。前職の買収ファイナンス時代に培った多くのスキルと経験が直接的に生きたことから、比較的スムーズに株式アナリストとしてのキャリアも立ち上がりました。

株式アナリストとしての仕事は予想していた以上に楽しく、ダイナミックで、毎日が充実したものになりました。買収ファイナンスの仕事はその成果が現れるまで何年もの時間がかかりますが、株式市場は日々刻々と変化していく上に、ブルームバーグ(情報端末)の画面の向こうには世界中の仲間がいて、対戦相手がいる、まるでリアルタイムゲームのような世界が広がっている感覚を覚えました。

「情報量に圧倒されたニューヨーク勤務」

2010年4月からのニューヨーク赴任は、自分にとって大きなチャレンジでした。

ニューヨークでは毎日のように多くの証券会社が投資対象企業をつれてきたイベントをやっていて、現地と東京では情報量が圧倒的に違うことを実感しました。あふれんばかりの情報に溺れそうになりながらも、世界の中心にいるような充実感がありました。

直接的なキャリアの構築以外でも、ビジネススクールとして世界的に評価の高いニューヨーク大学(NYU)のビジネススクールに思い切って飛び込んでみました。

NYUは日本では「ファイナンススクール」として有名ですが、現地ではマーケティングスクールとしても実は評価が高く、そちら中心に履修を重ねました。たまたま小売やアパレル、ラグジュアリー等の消費系企業をカバーしていたことから、消費系企業との経営陣と対話をするときに明らかに深みのある会話ができるようになったと実感しました。

また、このときともに学んだ仲間たちとも今につながる関係が構築できるなど、文字通りかけがえのない時間になりました。

「やりたいことを続けていると、見えてくるもの。」

一方で国内での外国株式運用は厳しい分野でもあると思います。

東京で日本人が運用している外株ファンドは定量面、つまり運用成績が良くても、欧米に本社を持つグローバルな運用会社と比較するとファンドに携わる人数が少ないなどの定性要素で外資系の会社が運用するファンドに対してよい評価を得られない状態が長く続いています。

実際に日本国内のお客様が外株について日系から外資系にシェアを移行していくなか、他社も含めた外株運用の仲間たちが次のやりがいを求めて抜けていくのを目の当たりにすると、やっぱり外株ってもうだめかな、と感じてしまうなど辛い思いをしました。

そのような中、SNSで当社の代表である藤野が外国株式のアナリストを探しているという投稿を見つけました。

実は2009年に業界仲間の飲み会で藤野に会う機会がありました。まだ当時は同じ業界にいるけど、僕は外株、藤野はレオスで日本株と違うことをしていたのです。それから10年近くが経過して、レオスが成長して外国株式を組み入れていくに当たり、ようやくはじめてレオスと僕が交わる瞬間が来たなと思いました。

一方、これまで勤めた年金基金向けを中心とした運用会社では、真の受益者である従業員や受給者の方たちとは距離があり、誰かのために仕事をしている実感が得がたかったことは否めませんでした。

しかし、レオスでは各地でセミナー、運用報告会等のイベントが開催されるときには我々運用部のメンバーも参加していることからお客様との距離が非常に近く、十数年前の『だれかの為』に貢献したいということをダイレクトに思い起こさせてくれる場です。

(最後に、お客様に一言お願いします。)

 楽しく資産運用しましょう。
 
 わたしたちはパフォーマンスを提供するだけでなく、何らかの楽しいことをいろいろなカタチで提供していきたいと思います。